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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)63号 判決 1998年4月22日

大阪市北区中之島3丁目6番32号

原告

チッソ株式会社

代表者代表取締役

後藤舜吉

訴訟代理人弁理士

庄子幸男

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

指定代理人

中野修身

吉見京子

後藤千恵子

小川宗一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成8年審判第1064号事件について、平成8年12月13日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成4年8月13日、名称を「被覆粒状肥料」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、特許出願(特願平4-237651号)をしたが、平成7年12月12日に拒絶査定を受けたので、平成8年1月31日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を、平成8年審判第1064号事件として審理したうえ、同年12月13日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成9年3月5日、原告に送達された。

2  特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(以下「本願第1発明」という。)の要旨

穀物粉、セルロース、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース及びカルボキシエチルセルロースから選ばれた一以上のセルロース誘導体、キチン、キトサン若しくはそれらの誘導体、寒天末、アルギン酸末若しくはそれらの誘導体、澱粉及び酸化澱粉、脂肪酸エステル澱粉、アルキルエーテル澱粉、ヒドロキシアルキルエーテル澱粉及び無機酸エステル澱粉から選ばれた一以上の澱粉誘導体からなる糖重合体若しくはその誘導体を主成分とする粉体から選ばれた少なくとも一種を樹脂に分散した被膜により被覆してなる時限溶出機能を有する被覆肥料。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願第1発明が、特開平3-60486号公報(以下「引用例」といい、そこに記載された発明を「引用例発明」という。)に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明することができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないから、本願発明は、特許請求の範囲に記載されたその余の請求項に係る発明について審理するまでもなく、拒絶されるべきであるとした。

第3  原告主張の取消事由の要点

審決の理由中、本願第1発明の要旨の認定、引用例の記載事項の認定、本願第1発明と引用例発明との相違点の認定、相違点の判断の一部(審決書5頁14行~6頁1行)は、いずれも認めるが、その余は争う。

審決は、本願第1発明と引用例発明との一致点の認定を誤る(取消事由1)とともに、本願第1発明と引用例発明との相違点の判断を誤った(取消事由2)ものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  一致点の誤認(取消事由1)

審決が、本願第1発明と引用例発明との一致点として、「本願第1発明と引用例に記載された発明とを対比すると、後者の被覆粒状肥料は時限溶出機能を有する被覆肥料であることは明らかである」(審決書5頁2~5行)と認定したことは、誤りである。

本願第1発明は、前示発明の要旨の構成を採用することにより、使用後から10%の溶出開始までの誘導期間(以下「D1期間」という。)と、溶出開始から溶出が持続する溶出期間(以下「D2期間」という。)を別々に、かつ、任意にコントロールできるものである。

これに対し、引用例発明は、上記のD1期間及びD2期間を別々に、かつ、任意にコントロールできるものではない。例えば、引用例発明の実施例2の第1表(甲第4号証4頁)における番号(以下「実験番号」という。)2及び4は、ともに施肥後に成分溶出が速やかに行われる被覆肥料の例を開示するものであり、特に実験番号4では、わずか3日間で85%もの成分の溶出を行うことを報告しており、このように溶出速度が速いものは、本願第1発明の時限溶出機能を有する肥料とは相反する作用を示していることが明らかである。

被告は、引用例発明がD1期間をコントロールするものであり、どの肥料溶出においても10%の溶出を通過点として有しているのであるから、引用例発明は本願第1発明の時限溶出機能を有すると主張するが、D1期間をコントロールするだけでは、本願第1発明の時限溶出機能を意味するものではない。

したがって、本願第1発明と引用例発明とは、時限溶出機能を有する点で一致するものではない。

2  相違点についての判断誤り(取消事由2)

本願第1発明は、その添加成分としてセルロース、メチルセルロースを包含するのに対し、引用例発明は、エチルセルロースを包含する点で相違するが、審決が、その相違点について、「セルロースやメチルセルロースが、エチルセルロースに比し特に優れた効果を奏するものと認めるに足る資料も見出せない」(審決書6頁1~3行)と判断したことは、誤りである。

すなわち、セルロースやメチルセルロースが、エチルセルロースの同族体又は類縁体であることはいうまでもないが、これは、セルロースやメチルセルロースがエチルセルロースと同一の物性を示すことを意味するものではない。

本願第1発明の効果は、前示のとおり、D1期間と、D2期間を所望の期間にそれぞれコントロールできるものであり、例えば、本願第1発明の実施例19に開示したように、メチルセルロースを樹脂に対して6%重量配合したものでは、D1期間が62日であり、D2期間が83日である。

これに対し、引用例発明では、前示のとおり、エチルセルロースを樹脂に対して10%重量配合したものでは、わずか3日間で85%もの成分が溶出しており(実験番号4)、これは、エチルセルロースが成分溶出を単に促進するにすぎないことを開示するものである。

したがって、審決は、本願第1発明の格別の効果を看過した結果、本願第1発明のセルロースあるいはメチルセルロースの配合意義と、引用例発明のエチルセルロースの配合意義を同一視し、相違点についての判断を誤ったものである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は、いずれも理由がない。

1  取消事由1について

本願第1発明において、原告が任意にコントロールできると主張するD1期間及びD2期間の数値は、格別の制限が設けられていない。また、どの肥料溶出においても、10%の溶出を通過点として有しているのであるから、結局、肥料の溶出をコントロールできるものであれば、すべて本願第1発明における時限溶出機能を有するものといえる。

一方、引用例発明は、被覆材により肥料と農業資材をコントロールして溶出させるものであることが明らかであり、溶出に際して当然10%の溶出を経ているはずであるから、これに対応したD1期間が存在し、本願第1発明の時限溶出機能を有しているといえるものである。

この溶出期間については、本願第1発明も引用例発明も格別の制限がなく、種々のものが想定されるから、原告の主張するように、引用例発明の実施例における溶出期間が短いからといって、それが本願第1発明の時限溶出機能と相反するものでないことは明らかである。

したがって、一致点に関する審決の認定(審決書5頁3~5行)に、誤りはない。

2  取消事由2について

引用例発明の実験番号4では、原告の主張のとおり、エチルセルロースを樹脂に配合した結果、25℃の水中で85%の肥料成分が約3日間で溶出することが開示されており、一方、実施例1では、エチルセルロースを添加せずに、25℃の水中で80%の肥料成分が85日間で溶出することが開示されているから、引用例発明におけるエチルセルロースの添加は、肥料の溶出期間を短縮する目的であることが明らかである。

ところで、本願第1発明におけるセルロースやメチルセルロースの添加も、肥料の溶出期間を短縮する目的である点では同じである。なぜなら、セルロースやメチルセルロースが添加されなかった比較例3では、肥料の溶出期間は約600日以上であり、同じ条件で実験を行った実施例18、19に比較して極めて長期間であることが示されているからである。

以上のとおり、本願第1発明におけるセルロースやメチルセルロースの添加は、引用例発明におけるエチルセルロースの添加と同質のものというべきである。

したがって、この点に関する審決の判断(審決書6頁1~7行)に、誤りはない。

第5  当裁判所の判断

1  取消事由1(一致点の誤認)について

審決の理由中、本願第1発明の要旨の認定、引用例の記載事項の認定は、当事者間に争いがない。

ところで、本願第1発明は、前示のとおり、選択が許された糖重合体又はその誘導体の少なくとも一種を樹脂に分散した被膜により被覆することによって、時限溶出機能を有する肥料であると認められるが、その発明の要旨において、「時限溶出機能」の具体的内容は、明確に定義されていない。この点に関して、本願明細書(甲第2号証)の発明の詳細な説明には、「本発明の目的は施用された後溶出開始までの溶出誘導期間と、溶出開始から終了までの溶出期間をそれぞれ独立に、任意にコントロールできる肥料を提供することである。」(甲第2号証明細書4頁2~4行)、「本発明はこのような溶出し難い被膜に糖重合体及びその誘導体を分散し、その際種類や添加量等により使用後から溶出開始までの誘導期間(以後D1と称する)と溶出開始から溶出が持続する溶出期間(以後D2と称する)を別々にコントロールし、その結果としてのトータルの期間を全溶出期間(D1+D2=DTと称する)とするものである。本発明で制御されるD1、D2についての影響因子は複数にわたり、D1、D2はこれが複合した結果得られるもので、一義的に決まるものではないが、通常は肥料の種類、粒形と形状、被覆材の種類、及び組成と厚み、及び本発明に必須の糖重合体若しくはその誘導体の種類と添加量が特定されなければならない。一般に使用される肥料においては肥料の種類や粒形は予め指定されている場合が多く選択の巾はあまりないので、被覆材の種類や組成と糖重合体及びその誘導体を特定された肥料に合うように選択組み合わせを行い、D1、D2別々に調整することになる。溶出が押さえられている被覆肥料の被膜に本発明に使用される糖重合体及びその誘導体を分散させると相当するD1、D2に特徴ずけられる溶出を示す。この場合当該の糖重合体及びその誘導体の量が増える(減る)とD1、D2ともに小さく(大きく)なるが、特にD2への影響が大きい。逆に当該の添加量を一定にし、被覆材質や組成を変更した場合もD1及びD2ともに影響を受け変化するが、この場合は逆にD1は大きく変動するが、D2は変動が小さい。このように本発明は被膜と当該添加剤の量を適宜選択することにより希望するD1とD2を得ることができ、本発明の効果と有用性を極めて高いものにしている。」(同6頁9行~7頁1行)と記載されている。

また、同明細書の表1~3には、本願第1発明の実施例に基づき、被膜組成たる樹脂Aを同一の材料とし、小麦粉、スターチ、セルロース等の「時限溶出調節剤」の添加の有無、種類及び添加の量を主に変動させた場合の、D1期間及びD2期間の変化を、「比較例」(時限溶出調節剤を添加しなかったもの)と「実施例」(時限溶出調節剤を添加したもの)とで対照したデータが、以下のとおり記載されている。

樹脂A D1(日数)・D2(日数)

比較例1 ECO 106 500以上

実施例1~11 同 18~89 36~196

比較例2 PVdCL 250 800以上

実施例12~15 同 126~148 30~125

比較例3 PE 98 500以上

実施例16~23 同 41~62 47~93

以上の記載に基づき、本願第1発明の有する「時限溶出機能」について検討するところ、発明の要旨には時限溶出機能の具体的内容が明確に定義されておらず、この機能を文理的にみれば、施肥後時間を限定して肥料が溶出する、すなわち一定の時間を経過した後に肥料が溶出する機能と解される。また、肥料が使用後から溶出を開始しその溶出が持続する期間は、一般に肥料の種類や形状、被覆材の種類、組成及び厚み、並びに糖重合体又はその誘導体の種類や添加量により影響を受けるが、本願第1発明では、特に、被膜に分散させる糖重合体又はその誘導体の種類や添加量を変動させることにより、使用後から10%溶出開始までの誘導期間(D1期間)と溶出開始から溶出が持続する溶出期間(D2期間)を別々にコントロールするものとされる。

しかし、本願第1発明の要旨においては、単に使用する糖重合体又はその誘導体の種類を特定しただけであり、これら糖重合体又はその誘導体の形状や成分割合を開示するところはなく、D1期間やD2期間を別々に短縮したり延長したりする方法、すなわちその個別具体的なコントロールの方法は、全く特定されていないから、結局、本願第1発明は、特定の糖重合体又はその誘導体を使用することにより、肥料の使用後から溶出を開始するまでの期間や、あるいはその溶出の持続期間を変動させることが可能なものであれば、これらをすべてを含むものといわざるを得ない。さらに、本願第1発明の実施例においても、前記認定のとおり、無添加の場合と時限溶出調節剤を添加した場合との比較では、いずれもD1期間及びD2期間の双方が連動して短縮された事例が示されているにすぎず、どちらかの一方が短縮され、他方が延長されるような事例は開示されていない。

したがって、本願第1発明の時限溶出機能とは、前記の文理解釈のとおり、一定の時間を経過した後に肥料が溶出するという一般的機能を示しているにすぎないものと認められる。

これに対し、引用例(甲第4号証)に、「実施例として、燐硝安加里の粒状品にポリエチレンとスチレンーブタジエン共重合物(Aグループ)とエチルセルロース(Bグループ)とからなる製膜材を製膜被覆して被覆粒状肥料としたこと、及び該肥料はAグループのみの製膜材で被覆したものよりも成分溶出が速やかであったことが記載されている」(審決書4頁14~20行)ことは、当事者間に争いがなく、引用例発明の実施例2の第1表(甲第4号証4頁)における実験番号1、2及び4には、エチルセルロースを樹脂に10%重量配合したものでは、そうでないものに対して、成分溶出が速やかであることが開示されている。

そうすると、引用例発明でも、本願第1発明と同様に、糖重合体又はその誘導体であるエチルセルロースを樹脂に添加することにより、成分の溶出を促進しており、肥料の使用後からの溶出をコントロールしているから、一定の時間を経過した後に肥料が溶出するという本願第1発明の時限溶出機能を有しているものと認められる。

原告は、本願第1発明の時限溶出機能が、使用後から10%の溶出開始までの誘導期間であるD1期間と、溶出開始から溶出が持続する溶出期間であるD2期間を、別々に、かつ、任意にコントロールできる点で、引用例発明と相違すると主張する。

確かに、本願第1発明の発明の詳細な説明には、上記のD1期間及びD2期間を別々に、かつ、任意にコントロールできる旨の記載がある(例えば、甲第2号証明細書6頁9~13行)が、前示のとおり、本願第1発明の要旨では、糖重合体又はその誘導体を樹脂に添加することにより、肥料の溶出期間を変化させるための構成が開示されているだけであり、D1期間及びD2期間を別々に、かつ、任意にコントロールできる構成は示されていないから、本願第1発明の時限溶出機能を、前記の記載に限定して解釈すべき理由はなく、この機能は、前示のとおり、一定の時間を経過した後に肥料が溶出するという機能を意味するにすぎないものといえる。したがって、この点において引用例発明と相違するところはなく、原告の主張は採用できない。

また、原告は、引用例発明の実験番号2及び4は、ともに施肥後に成分溶出が速やかに行われる被覆肥料の例を開示するものであり、特に実験番号4では、わずか3日間で85%もの成分の溶出を行うものであるから、このように溶出速度が速い引用例発明は、本願第1発明の時限溶出機能を有する肥料とは相反する旨主張する。

しかし、前示のとおり、本願第1発明の要旨では、D1期間やD2期間を短縮したり延長したりする具体的なコントロールの方法は全く特定されておらず、これを数値的に限定するものでもないから、仮に3日間で85%の成分の溶出を行う被覆肥料であっても、成分の溶出をコントロールするものである以上、本願第1発明の時限溶出機能に含まれるものであることが明らかであり、原告の主張は、それ自体失当といわなければならない。

したがって、審決が、本願第1発明と引用例発明との一致点として、「本願第1発明と引用例に記載された発明とを対比すると、後者の被覆粒状肥料は時限溶出機能を有する被覆肥料であることは明らかである」(審決書5頁2~5行)と認定したことに、誤りはない。

2  取消事由2(相違点の判断誤り)について

審決の理由中、本願第1発明と引用例発明との相違点の認定、この相違点の判断のうち、「本願第1発明は、セルロース、メチルセルロースを樹脂の添加成分とする場合を包含するものであるから、この場合についてみるに、セルロース、メチルセルロースは、エチルセルロースの同族体又は類縁体であって、しかもエチルセルロースや水溶性高分子を樹脂に添加すると、無添加の場合に比べて成分の溶出が速やかとなることが引用例に示され」(審決書5頁14行~6頁1行)ていることは、当事者間に争いがない。

原告は、審決が、本願第1発明のセルロースやメチルセルロースの配合意義と、引用例発明のエチルセルロースの配合意義を同一視し、相違点についての判断を誤った旨主張する。

ところで、本願第1発明において、糖重合体又はその誘導体を樹脂に添加する目的は、前示のとおり、肥料の溶出期間を変化させるためであるところ、本願明細書(甲第2号証)の表2には、比較例3のD1期間が98日、D2期間が500日以上であるのに対し、時限溶出調節剤としてセルロースを添加した場合(実施例18)には、D1期間が48日、D2期間が60日、同じくメチルセルロースを添加した場合(実施例19)には、D1期間が62日、D2期間が83日となる実施例が開示されており、これらの糖重合体の添加により、D1期間及びD2期間の双方が短縮されているものと認められる。このことは、本願第1発明において時限溶出調節剤としてセルロースやメチルセルロースを添加した場合には、成分の溶出が促進されることを示すものといえる。

これに対し、引用例発明でも、前示のとおり、エチルセルロースを樹脂に添加すると、無添加の場合に比べて成分の溶出が速やかとなることは、当事者間に争いがなく、引用例発明の実施例2の第1表(甲第4号証4頁)における実験番号1、2及び4には、エチルセルロースを樹脂に10%重量配合したものでは、そうでないものに対して、成分溶出が速やかであることが開示されているから、本願第1発明と同様に、エチルセルロースを添加することにより、成分の溶出が促進するものであるといえる。

したがって、本願第1発明のセルロースやメチルセルロースの配合意義と、引用例発明のエチルセルロースの配合意義は、成分の溶出が促進するという点で同一であり、原告の主張は理由がなく、これを採用する余地はない。

したがって、審決が、本願第1発明と引用例発明1との相違点について、「セルロースやメチルセルロースが、エチルセルロースに比し特に優れた効果を奏するものと認めるに足る資料も見出せない以上、樹脂への添加成分につき、引用例のエチルセルロースに代えて本願第1発明の如くセルロースやメチルセルロースを用いる程度のことは当業者が容易になしえたものと認める。」(審決書6頁1~7行)と判断したことに、誤りはない。

3  以上のとおり、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、その他審決に取り消すべき瑕疵はない。

よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成8年審判第1064号

審決

大阪府大阪市北区中之島3丁目6番32号

請求人 チッソ株式会社

東京都中央区築地4丁目4番15号 東銀座ロイアルハイツ403号室 野中特許事務所

代理人弁理士 野中克彦

平成4年特許願第237651号「被覆粒状肥料」拒絶査定に対する審判事件(平成6年3月29日出願公開、特開平6-87684)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない.

理由

本願は、平成4年8月13日の出願であって、平成5年4月2日、同5年7月6日、同5年8月30日、同7年6月1日及び同7年9月4日付け手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて、特許を受けようとする発明は、その特許請求の範囲の請求項1~9に記載されたとおりのものであると認められるところ、請求項1に係る発明は次のとおりである。

「【請求項1】穀物粉、セルロース、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース及びカルボキシエチルセルロースから選ばれた一以上のセルロース誘導体、キチン、キトサン若しくはそれらの誘導体、寒天末、アルギン酸末若しくはそれらの誘導体、澱粉及び酸化澱粉、脂肪酸エステル澱粉、アルキルエーテル澱粉、ヒドロキシアルキルエーテル澱粉及び無機酸エマテル澱粉から選ばれた一以上の澱粉誘導体からなる糖重合体若しくはその誘導体を主成分とする粉体から選ばれた少なくとも一種を樹脂に分散した被膜により被覆してなる時限溶出機能を有する被覆肥料。」(以下「第1発明」という)

これに対して、原査定の拒絶の理由に引用された本出願前頒布された刊行物である特開平3-60486号公報(以下「引用例」という)には、製膜材として、オレフィン重合物、オレフィンを含む共重合物、塩化ビニリデン重合物、塩化ビニリデンを含む共重合物、ジエン系重合物、ワックス類、石油樹脂、天然樹脂、油脂およびその変性物から選ばれた1種または2種以上の物質からなる製膜材Aグループの単独、あるいはエチルセルロースおよびポリエチレンダリコール、ポリエチレンオキサイドなどの水溶性樹脂から選ばれた1種または2種以上の物質からなる製膜材Bグループとの混合物を用いて粒状肥料を製膜被覆してなる被覆粒状肥料が開示され(特許請求の範囲ほか)、上記製膜材Aグループに関し、「オレフィン重合物とは、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン・プロピレン共重合物、ポリブテン、ブテン・エチレン共重合物、ブテン・プロピレン共重合物、ポリスチレン等であり、オレフィンを含む共重合物とは、エチレン・酢酸ビニル共重合物、エチレン・アクリル酸共重合物、エチレン・アクリル酸エステル共重合物、エチレン・メタアクリル酸共重合物、エチレン・メタアクリル酸エステル共重合物、エチレン・一酸化炭素共重合体、エチレン・酢酸ビニル・一酸化炭素共重合体等であり、塩化ビニリデンを含む共重合物とは、塩化ビニリデン・塩化ビニル共重合物であり、ジエン系重合物とは、ブタジエン重合物、イソプレン重合物、クロロプレン重合物、ブタジエン・スチレン共重合物、EPDM重合物、スチレン・イソプレン共重合物等であり」と記載されている(第3頁右上欄)。

そして、実施例として、燐硝安加里の粒状品にポリエチレンとスチレンーブタジエン共重合物(Aグループ)とエチルセルロース(Bグループ)とからなる製膜材を製膜被覆して被覆粒状肥料としたこと、及び該肥料はAグループのみの製膜材で被覆したものよりも成分溶出が速やかであったことが記載されている(第4~5頁、殊に第1表の実験番号2及び4参照)。

そこで、本願第1発明と引用例に記載された発明とを対比すると、後者の被覆粒状肥料は時限溶出機能を有する被覆肥料であることは明らかであるから、被膜形成材である樹脂に添加する成分につき、前者が、穀物粉、セルロース、メチルセルロース、カルボキシエチルセルロース等前掲発明の要旨に記載されたとおりの一定の物質とするものであるのに対し、後者は、エチルセロース、ポリエチレングリコール、ポリエチレンオキサイドなどの水溶性樹脂とするものである点で相違し、他は一致もしくは共通している。

ついで、上記相違点について検討する。

本願第1発明は、セルロース、メチルセルロースを樹脂の添加成分とする場合を包含するものであるから、この場合についてみるに、セルロース、メチルセルロースは、エチルセルロースの同族体又は類縁体であって、しかもエチルセルロースや水溶性高分子を樹脂に添加すると、無添加の場合に比べて成分の溶出が速やかとなることが引用例に示されており、かつセルロースやメチルセルロースが、エチルセルロースに比し特に優れた効果を奏するものと認めるに足る資料も見出せない以上、樹脂への添加成分につき、引用例のエチルセルロースに代えて本願第1発明の如くセルロースやメチルセルロースを用いる程度のことは当業者が容易になしえたものと認める。

そうしてみると、本願第1発明は、引用例に記載された発明に基いて当業者が容易に発明することができたものと認められ、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

以上のとおりであるから、本願は、特許請求の範囲に記載されたその余の請求項に係る発明について審理するまでもなく、拒絶されるべきものである。

よって、結論のとおり審決する。

平成8年12月13日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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